早稲田大学のサークル、絵画会の合宿には、二つの種類があった。春と夏の合宿は、長野や山梨、そして千葉県の銚子や千倉などへ少し遠出ができるので、楽しみな面もあった。一方、デッサン合宿は、ただひたすら石膏デッサンに取り組むもので、まるで難行苦行のような趣があった。
デッサン合宿の場所は、埼玉県にある本庄セミナーハウスだった。早稲田からは、高速道路を使っても2時間ほどかかったと記憶している。当時、関越自動車道がすでに開通していたかどうかは定かではないが、とにかくトラックの荷台に石膏像を載せて現地まで運んだことを覚えている。
現地に到着するのは午後になってしまうが、着くやいなや教室に石膏像を並べ、各自、気に入った石膏像の前に陣取って黙々と描き始めた。翌日には合評会があるため、夜遅くまで――時には半ば徹夜で――デッサンに没頭していたと思う。先輩からは、「まずは光の当たっている部分と影の部分を大きく二分し、そのうえで“ムーブマン”に気をつけながら、それぞれの明暗に調子をつけていくように」と指導を受けた。
翌朝の合評会はなかなか厳しいものだったが、勉強になることを多く教わった気がする。
石膏像を包み込む空間の意識や、三次元の立体感を二次元の紙面に正確に写し取るという、地味だが絵の基本中の基本ともいえる技術が求められた。しかし、ただ正確に写すだけではなく、その人が心動かされた部分が、不思議と作品の中ににじみ出てくるものでもある。
私は、形がどうしても歪んでしまう癖があり、それはなかなか克服できなかった。正直に言えば、今でもそれは完全には克服できていないように思う。
自由奔放な色彩で知られるマチスも、修業時代には見事な石膏デッサンを描いていたという。そのことには驚嘆する。対象を正確に写すだけでなく、絵画の本質に迫る力を養うためにこそ、石膏デッサンはあるのだろう。
写真はマチスの修行時代の石膏デッサン


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